大判例

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東京高等裁判所 昭和45年(ネ)1717号 判決

控訴人

大沢武

大沢静子

右両名代理人

中村正樹

被控訴人

芸村産業株式会社

右代理人

江尻平八郎

外二名

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

一、控訴代理人は、「原判決中控訴人ら敗訴の部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

二、当事者双方の事実上ならびに法律〇上の主張は次のとおりである。

1、被控訴人の請求の原因

(一)  被控訴人は、控訴人大沢武の紹介により、昭和四二年六月二九日訴外鶴岡武彦(以下武彦という。)に対し一〇〇万円を、利息年一割五分、期限後の損害金年三割、弁済期同年一〇月二九日の約で貸与し、同日武彦との間で、同人の所有と称する船橋市本町五丁目一、五一五番の八宅地一七一、五三平方米(以下本件土地という。)に抵当権を設定し、かつ右債務不履行の場合は代物弁済として本件土地の所有権を被控訴人に移転すること、ならびに本件土地に被控訴人のために停止条件付賃借権を設定することを約し、翌三〇日右抵当権設定登記ならびに右所有権移転仮登記、賃借権設定仮登記をした。

(二)  本件土地は、武彦が昭和四二年六月一〇日訴外鶴岡愛子(以下愛子という。)から贈与を受けて所有権を取得したとして武彦の所有名義に登記されていたものである。ところが実際は、愛子が武彦に贈与したものではなく、武彦が愛子の印鑑を偽造行使して登記手続に必要な印鑑証明の交付を受け、委任状を偽造して登記に必要な文書を作成し、これを行使して武彦所有名義に不実の登記をしたものであることが後日判明した。そのため愛子が武彦と被控訴人を相手として提起した千葉地方裁判所昭和四二年(ワ)第四八三号登記抹消請求事件において、被控訴人らは敗訴し、本件土地は愛子の所有であり武彦の所有でないことが確定し、被控訴人の前記抵当権設定登記、条件付所有権移転仮登記、同貸借権設定仮登記はいずれも抹消されるに至つた。

(三)  被控訴人が武彦に対し前記一〇〇万円を貸与するに至つたのは、本件土地が真実武彦の所有であると信じたからであつて、結局被控訴人は武彦の詐欺により右一〇〇万円を騙取されたのである。

(四)  《以下、省略》

三、証拠関係《省略》

理由

請求原因(一)ないし(三)の事実は当事者間に争いがない。よつて控訴人らの不法行為の成否について検討する。

控訴人大沢武が司法書士であり、控訴人大沢静子がその妻であること、控訴人大沢武が、武彦の依頼により、愛子から武彦への本件土地所有権移転登記申請をなすにあたり、武彦が持参した愛子の印鑑を用いて愛子代理人控訴人大沢武名義の本件土地贈与証書および同控訴人を受任者とする愛子名義の登記申請委任状を作成し、さらに武彦が本件土地の権利証を所持していなかつたところから、控訴人大沢静子に対し鶴岡嘉江とともに不動産登記法四四条所定の保証書を作成することを指示してこれを承諾せしめ、これを添付して昭和四二年六月一四日千葉地方法務局船橋出張所に登記申請書を提出したこと、その後控訴人大沢武が右出張所から愛子に宛てた不動産登記法四四条の二による照会の書面を持参した武彦の依頼により、愛子の記名押印をして右出張所に送付したこと、よつて同月二六日右所有権移転登記がなされたことは、当事者間に争いがない。

〈証拠〉によれば、武彦は控訴人大沢武に右登記申請手続を依頼するにあたり、同人に面識ある武彦の義母愛子の印鑑と印鑑証明書を持参し、「家族の中で男は自分一人だから、自分が土地の贈与を受けたので登記してほしい。」と申し向け、また権利証は紛失したというので、前記のように原因証書たる愛子名義の贈与証書および登記申請委任状ならびに保証書を作成してやつたこと、保証人の一人である鶴岡嘉江の印鑑も武彦が持参したものを使用したものであること、前記法務局からの照会に対する回答の書面作成の際も、控訴人大沢武は武彦に対し一旦は愛子本人に書いて貰うよう申し向けたものの、愛子が病気で書けないから代筆してほしいといわれてこれを作成してやつたこと、右各書面の作成に使用された愛子および嘉江の印鑑はいずれも武彦が偽造したもので、その印鑑証明書も武彦が右偽造印によつて交付を受けたものであること、法務局から愛子宛の照会の書面も武彦が愛子に知られないようにして手に入れたものであること、当時武彦は素行が定まらず愛子らと別居していたが、しばしば愛子方に出入りしていたものであることを認めることができる。

被控訴人は、控訴人大沢武が昭和四二年六月二九日被控訴人代表者を電話で控訴人事務所に呼出し、武彦を紹介し、同人の亡父彦八は元県会議員であり、間違いない人だから、本件土地を担保に是非金を貸してやつて貰いたい旨申し向けたと主張し、被控訴人代表者は本人尋問において同趣旨の供述している。しかし、他方控訴人大沢武は本人尋問において、同年六月二六日武彦が控訴人大沢武方を訪れ金融業者を紹介してくれるよう頼んだが、控訴人が知らぬというと、自ら被控訴人に電話して代表者を呼出し金借を依頼したもので、その際控訴人大沢武は被控訴人代表者に対し、武彦は元県会議員の彦八の伜であり、彦八と控訴人とは交際があつたことを話したにすぎず、武彦に金を貸してやつてくれと頼んだことはない。その後同六月二九日武彦と被控訴人代表者が控訴人方に来り控訴人大沢武に対し本件土地に対する抵当権設定登記手続を依頼したので、その手続をしてやつただけである旨供述しているのであつて、被控訴人代表者の前記供述のみでは被控訴人の右主張事実を肯認するに足る心証を得ることができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

以上認定の事実ならびに争いのない事実によれば、控訴人らが愛子から武彦への本件土地の所有権移転登記につき武彦の前記不正行為を察知していたものと推認することはできない。しかし司法書土が登記義務者の代理人と称する者の依頼により本人のため登記関係書類を作成する場合において、依頼者の言動により代理権の存否に疑のあるような場合は、単に必要書類について形式的な審査をするに止まらず、本人について登記原因証書作成についての真意の有無および登記申請についての代理権授与の事実の有無を確かめ登記手続に過誤なからしめるよう万全の注意を払う義務があるものというべきであり、このような場合保証人として不動産登記法四四条の保証書を作成する者についても右と同様のことがいえる(前出昭和二〇年一二月二二日大審院判決)。ところで本件においては、前認定のように武彦は控訴人大沢武に対し愛子の代理人として本件土地の自己への所有権移転登記手続を依頼するにあたり、本人である愛子の印鑑と印鑑証明書を持参したほかには、委任状等代理権授与に関する事実を推知せしめるような何らの証拠書類を示すことなく、持参した愛子の印鑑により登記原因証書たる贈与証書ならびに登記申請委任状の作成を依頼し、このように愛子の権利書も所持せず、そのため保証書の作成の必要があるのみならずその後法務局から愛子に対する保証書による登記申請につき本人の意思を確かめる照会に対する回答書の作成までも右控訴人に依頼するなど甚だ異例な態度をとつているのであつて、しかも愛子と武彦は義理の親子の関係にあることは控訴人も知つていたことを考え合わせると、控訴人大沢武としては武彦の右代理権の有無につき疑をさしはさむとことは容易であつたと考えられ、このような場合は何らかの方法で本人たる愛子についてこれを調査確認すべきであつたといわなければならない。しかるに控訴人大沢武は、ひたすら武彦の言を軽信し同人の代理権限について疑念を抱かず、本人たる愛子にこれを確めることなく前記の所有権移転登記の申請手続をなし、よつて不実の登記がなされる結果を招来したことは、司法書士として善良な管理者の注意義務を怠つたものといわなければならない。また控訴人大沢静子は、前認定のような事情のもとにおいて、夫である控訴人大沢武の指示によるものとはいえ、これまた本人たる愛子の真意を何ら確かめることなく、軽々に保証書を作成したものであつて、前同様保証人たる者として当然払うべき注意義務を怠つたものというべきである。控訴人らは、不動産登記法の改正により同法四四条の二の規定が新設され、保証書による登記申請の場合の法務局による確認措置が制度化されたことにより、従来より保証人の責任が軽減されたと主張するが、右改正は濫用の危険性の大きい保証書による登記についてより慎重な手続を履むことにより過誤登記のなされることを防止しようとする趣旨に出でたものであり、保証人の責任を軽減する趣旨を含むものとは到底解することはできない。控訴人らの右主張は独自の見解によるものであつて採用できない。

以上のとおりであつてみれば、控訴人らは前記のような過失により愛子から武彦への不実の本件土地所有権移転登記を完了させたものであるから、右登記簿の記載を利用して被控訴人から金員を騙取した行為に間接的に加担したものということができる。そして被控訴人が貸付金を武彦に交付したのは右登記簿の記載を真実と信じたことによるものであるから、これによつて被控訴人が蒙つた損害と控訴人らの前記過失の間には相当因果関係が存するというべきであるから、控訴人らは被控訴人に対し右損害を賠償すべき責任がある。

よつて、損害額につき考える。

被控訴人が貸付金名義で武彦に騙取された元本一〇〇万円とこれに対する昭和四五年六月二九日までの約定利息(年一割五分)および損害金(年三割)のうち四五万円(右利息損害金が四五万円をこえることは計算上明らかである。)が損害額に含まれることは前認定の事実から明らかである。

〈証拠〉によれば、被控訴人が控訴人大沢武に対し、前記貸金に際し謝札として一万円を支払つたこと(この点は当事者間に争いがない。)、その後昭和四二年一一月頃調査料および謝礼として三万円を支払つたこと、被控訴人が愛子から提起された登記抹消請求事件に被告として応訴するため江尻平八郎弁護士を訴訟代理人に委任し、本訴提起前弁護士費用として八万円を支払つたことを認めることができ、これまた本件事故によつて被控訴人が蒙つた損害ということができる。

以上のとおりであるから、控訴人らは被控訴人に対し右合計一五七万円とこれに対するその弁済期後で訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四五年五月一〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合の遅延損害金を支払う義務があるから、右の限度で被控訴人の請求を認容した原判決は相当である。

よつて本件控訴をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(菅野啓蔵 渡辺忠之 小池二八)

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